ラーフについて
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昭和56.5.29生まれ。

明るく前向き、そして負けず嫌いな性格の29歳です。
頚髄損傷で肩から下が不自由ですが、持ち前の性格で

人生突き進んでます!

 

   1997.4    観音寺第一高校普通科に入学
   2000.4    早稲田大学人間科学部スポーツ科学科に入学
   2004.4    アメリカ カリフォルニア州の語学学校に入学
   2004.7    受傷
   2005.3    早稲田大学卒業
   2007.10    講演活動を始める。テーマ「よく生きる」
   2008.3    NPO法人ラーフ設立



   観音寺中学

   96'    ジュニアオリンピック 5
   ベスト記録 4m20

  観音寺第一高校
     普通科

   97'    京都インターハイ出場
   98'    香川インターハイ14
   99'    岩手インターハイ3位、 日本ジュニア選手権6
     岩手インターハイフィールド総合優勝、総合3
   ベスト記録 5m00
  早稲田大学
     人間科学部
     スポーツ科学科
   03'    関東インカレ優勝
   ベスト記録 5m10




私は小学生の時に陸上競技を始めて、中学生の時に棒高跳びに出会いました。
12年の競技生活を経て、2004年4月、私は棒高跳びのコーチになる為の経験と語学の勉強の為、単身アメリカのカリフォルニア州に留学しました。
それから3ヶ月後の7月17日。語学学校の友人たちと初めてビーチに遊びに行った日、私は大きな波に打たれ、肩から下の動きと触覚、温感、冷感など全ての感覚を失いました。診断結果は、C3頸髄損傷(四肢完全麻痺)。当初私は、呼吸すらできない瞬きだけの身体でした。そして医師から告げられた言葉は「一生ベッド上の生活、呼吸機も外す事はできないでしょう。歩けるようになった人は世界中にもいません。」

私は絶望しませんでした。自分の人生をベッド上だと決められたことに憤りを感じ、「必ずもう一度立って歩く。世界初になる。」と強く誓いました。

まずは呼吸機を外すこと。機械に合わせて呼吸のイメージを重ねて必死に呼吸しようとしました。無理に外してみたりもしました。その度に窒息と呼吸困難。しかし、それを続けること半年、奇蹟的に身体が呼吸を始めました。それからも、四六時中呼吸の訓練。呼吸機を完全に外せたのは、それから1年後のことでした。

呼吸の訓練をしながら、感覚の訓練、手を手と感じること、足を足だと認識すること、座る訓練、手足を動かす訓練特に座る訓練では、何度も気絶しました。しかし、どれも毎日続けました。

「もう一度立って歩くこと」諦めずに毎日続ける事で、ほんの少しずつ動きや感覚が返っています。そして今は3人に支えられながらではあるけれど、立って足を前に出す訓練をしています。

今は医学は日々進化しています。脊髄などの神経再生医療の研究も急速に進歩しています。今後、再生医療で脊髄神経は再生できるようになるはずです。そう期待しています。しかし、手術や治療で神経が繋がっても、手足の動かし方、座り方、歩き方を忘れてしまっていたら、神経が繋がっても意味がありません。私と同じくもう一度何かをしてやろうと思っている方に、「希望を持って諦めずに努力を続けよう」と伝えたい。



<現在の活動>

074月から自宅でリハビリをしながら、社会福祉士の国家資格の勉強、母校の高校で棒高跳びの指導、「よく生きる」「前向きに努力する」「いのち」などテーマで講演やピュアカウンセリングなどの活動を開始。

 

 

講演活動の実績はこちら

 

 

 

 

2008.3/4 四国新聞

2008.8/11 読売新聞

2008.11/26 新鐘

(早稲田大学学内誌)

2009.3/13 四国新聞

2009.4/1 柞田育成だより

2009 早稲田アスレチック倶楽部会報52

 

 

2010.6/5 読売新聞



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